●2003年03月 『あの土地へ…再び』編
其の1:始まりはムーンライト
「……動かねぇ……」
深夜0時を10分ほど回った横浜駅。
俺は「ムーンライトながら」号の車内で、動かぬ車窓を眺めていた。
「ムーンライトながら」号は東京―大垣間を結ぶ夜行快速列車。
青春18キップ利用可能期間を中心に、利用客のとても多い人気列車である。
俺もこの列車にお世話になるのは1度や2度のことではなく、まさに常連客の一員。
当然、それだけ利用していれば、だいたいどの駅を何時くらいに出発するか、ということは熟知していた。
……しかし。
「……何かあったのか? これ、11分発だよな……」
時刻は0時15分。まだ動かない。
列車の発車が、明らかに遅れていた。
『お客様にご案内いたします。ただいま、横浜駅発車時刻を過ぎておりますが、横浜線の到着が遅れております。
この列車、横浜線からのお客様の到着を待ちまして、発車いたします。今しばらくお待ちください』
車掌のアナウンスが流れる。
「また、遅れたか」
アナウンスを聞いて、俺は思わず溜息をついた。
「ムーンライトながら」が遅れるのは珍しいことではない。
人身事故やらポイント故障やら信号機故障やら……あらゆる事故の影響を受け、頻繁に遅くなる。
しかも、今回のように東海道線自体が遅れていなくても、接続列車の遅れが原因で遅くなることだってある。
これは「ムーンライトながら」をよく利用している人の間では、常識的なことである。
俺も、当然それは知っていた。
だが、俺にはそれでも気にしてしまうことがあった。
……俺がどっかに出かける時は、何かしらトラブルが発生する。
いわゆるジンクスのようなものだろうか。
俺が長期間に及ぶ旅行に出ると、必ず何かが起こるのだ。
特に出発時に何かが発生する確率は極めて高く、一度など、乗ろうとした夜行列車が運休したこともある。
「ムーンライトながら」が遅れたのも、実はこれで2回目の出来事。
前回は2年ほど前。横浜駅で発生した信号機故障の影響で列車の到着が大幅に遅れ、東京ー大船間が運休。
3月の上旬というまだ寒い時期に、深夜の大船駅で長時間待たされるのは、とてもしんどいものであった。
今回はそれに比べればはるかにマシである。
ホットの缶コーヒーをカイロ代わりに、ガタガタブルブル震えていなくても良いのだから。
しかし、俺にしてみれば、今回もまた『何か』が起こってしまった事実の方が、悔しかったし、嫌だった。
「また、遅れちゃいましたね〜」
隣の席でのほほんとしている観雪が言う。
そう。『また』だ。別に俺が何かしたわけじゃない。でも、何かが起こってしまう。理不尽な負の連鎖。
そんなことを考える俺に、観雪は優しく語り掛けてくる。
「気にしない方がいいですよ〜。これで何か問題が起こるわけじゃないんですから〜」
……そうだった。毎回、何かしらトラブルは起こるものの、特に重大な問題に発展したことだけは一度もなかった。
列車が運休した時ですら、翌日の昼までには予定どおりの行程に戻っていたのだし。
『お待たせいたしました。列車、発車いたします。ご乗車のままお待ちください』
車掌のアナウンスが流れる。
約5分ほどの遅れ。この程度なら静岡を出る頃には元のダイヤに戻っているはずだった。
「そうだな……気にしてちゃ、旅は楽しめないしな」
俺は部長にメールを送った。
『ながらが遅れてるよ〜。くくぅ、またやっちまったぜ』
そこには明るく楽しげな様子だけ詰めて。
せっかくの、旅行なのだから。
結局、列車は小田原で更に少し遅れたものの、静岡を出る頃には元のダイヤに戻り……
翌朝、目が覚める頃には定刻どおり、中京圏をひた走っていた。
<はじめに>
とゆーわけで始まりました。卒業旅行の日記。
内容的に嘘などは書いてませんが、多少誇張表現とかしてます。
あと、登場人物もいじってます。実際の旅行メンバーとは少し異なりますので、ご了承を。
(会話の内容とかは、結構そのまんまやる予定ですが)
ただの日記ではなく、少しお話風にアレンジしたものだと考えて下さい。
次回からは写真なんかも紹介しつつ、話を進めていきますので、お楽しみに。
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