●2003年03月 『あの土地へ…再び』編
其の6:うどんラッシュ
「まさか、今回の旅行で四国に足を伸ばすことになるとは思わなかったな……」
2003年3月12日。
俺たちは昨夜、ムーンライトで出発した後電車を乗り継ぎ、
四国は高松へとやって来ていた。
列車接続の悪い姫路駅での待ち時間や、
やたら時間のかかる姫路―岡山間の移動があったせいで、
時刻は既に13時半すぎ。
2晩連続「ムーンライトながら」での車中泊に加え
長時間の列車移動をしたせいで、
さすがの俺もやや疲れを感じていた。
「すばらしい……。マリンライナー、『電車でGo!』と同じだったッスよ。感動ッス!」
「セルフだ。セルフ。茹でますよ。うどん」
「電車が目的の人と、讃岐うどんが目的の人がいるみたいですけどね〜v」
「皐はどっち目的?」
「あたし? あたしは……暇つぶし? や、『鉄』じゃないし、食い意地も張ってないし」
「……皐、お腹鳴いてるぞ」
「……うっさいわね」
もっとも、疲れを感じているのは俺だけらしい。
他の連中は元気いっぱいだった。
総長も相変わらずエロメール打ってるし、何も問題なかった。
「しかし観雪、よくそれだけの元気が残ってるよな……」
俺は、ここしばらく同じ行程で旅をしている相棒を見て、思わず口にしてしまう。
「そうですね〜。楽しいせいか、疲れを忘れてしまうんですよ〜。いろいろと新鮮な感覚ですし〜」
「ん……新鮮か。ナルホドな」
俺はしょっちゅう旅に出ているから慣れてしまったけど、
こいつらにしてみれば、珍しい経験に違いない。
言われてナルホドとはこのことだと思った。
「ま、単に若いだけなのかもしれないですけど〜。
局長さんより はフレッシュ、ですしね〜♪」
けど、やっぱり観雪は観雪だった。ナルホドもクソもねーや、こいつ。
そんな観雪だから、いいのかもしれないけどね。
「へー、自分で茹でるとは面白いネ」
グツグツグラグラ
「店員が茹でてくれるところも多いんだけど、
ここは自分でやらないといけないんですよ」
ここは高松駅からちょっと歩いたところにある、セルフうどん屋。
セルフ経験者の部長がご丁寧に解説をしてくれている。
「……あちっ。皐、お前うどんの茹で汁こっちに飛ばすなよ」
「あんたがそんな近くにいるのがいけないんでしょーが」
でも、そんな話、誰も聞いちゃいなかった。
「……おっ、痴話ゲンカ発生ー。仲いいネー、お二人サン」
「「何か言った?!」」
「……いえ、何も申しておりませんデス……ハイ」
セルフうどんってのは、その名の通り、
ある程度の作業をセルフサービスでやらないといけないうどん屋のことだ。
どの程度セルフになっているかは店によって異なるが、
基本的には店で茹でたうどんに、自分で天ぷらとか盛り付けて食べるっていう方式が多い。
店によってはフードコートみたいにカウンターから席に持っていくだけで済むところもあるが、
それでも普通の店よりかなり安く食べられる。
トッピングをケチれば、一杯100円以下で済むところまであるのだから驚きである。
「ふぅ、食った食った。よし、んじゃ次の店に行きましょう」
「部長、早すぎ」
「私まだ食べ始めたばかりですよ〜」
「遅いですよ。普通に食べて3分。ときどき急いで1分。これ常識」
「や、それ、無理。あたし達レディには。とても」
皐の言葉に、ブンブンと首を縦に振って頷く観雪。
「…………」
「……ちょっと、局長、何よその沈黙?」
「いや〜、うどんおいしいなぁと思ってね」
「……なんかうそ臭いです〜」
「おいしいなぁ」
「うそ臭いよ」
「おいしいなぁ」
「うそ……」
「……ナァ、誰か止めるヤツいないのカ?」
「師匠、あんたに期待してたんだ」
「ハイハイ、よく言うゼ」
俺たちはセルフうどん屋をはしごするというアホなチャレンジを試みていた。
1件あたり約10分の所要時間で次の店へ。
ゆとりも何もあったもんじゃないが、結構オモシロイ。
1杯あたりが安いから、そういうことをしても、大した金額にならないところも嬉しかった。
――別の店にて。
「よし、それじゃ2杯目いきますカネ」
「ふーみゅ、この店は一杯90円か…安い。東京にもこういう店が欲しいもんだな」
「本当だね。しかも、結構メニューあるし、いろいろ楽しめそうだもんね」
メンバー全員、早くも安さと味にご満悦である。
「あら? 師匠さん、それ、つゆかかってないですねぇ〜?」
「ああ、これは生醤油うどんといって、
つゆじゃなく醤油をかけて食べるんダヨ」
「へ〜、初めて見ました〜v」
感動の表情を浮かべる観雪。
そこまで感動するほどのモノじゃないと思うが、
それは言わないでおく。
「はい、師匠。醤油とってあげる」
珍しく皐が気を利かす。
「おう、皐ちゃん悪いネェ〜。
サササ〜ッと…って、おい、コレ、ソースじゃネェか!」
「え? あ、ごめ。間違えちった♪」
「うおおおい、どーしてくれんダヨ! 俺のうどん……」
「まあまあ……生ソースうどんってことで。あははは♪」
「シクシクシク……うどんがぁぁぁ」
人間、慣れないことはするもんじゃなかった。
「……局長、何か言った?」
「いや、何も」
「怪しいわね」
「いやいや♪ 師匠、お味はどうっすか?」
「……うげ、甘酸っぱい」
「あははははは!」
俺たちは結局、4件の店をはしごした。

「さて、今日はあと、夕飯食べてベッドで寝るだけダネ」
俺たちはセルフうどん屋をはしごした後、快速マリンライナーに乗って、岡山へと戻ってきていた。
「まだチェックインしてもいないのに、気が早いな」
「だって、マリンライナーのグリーン車乗れたし、
今日はもう十分満足したヨ」
「結局、鉄道絡みか……」
俺はもう苦笑するしかなかった。
俺たちが帰りに乗ったのは、マリンライナーのグリーン車。
師匠が突如「乗ろうゼ!」と騒ぎ出し、
あれよあれよという間にキップの購入が終わっていた。
貧乏旅行なんだか、贅沢な旅行なんだか、よくわからん状況である
「うどんは? 生ソースとか堪能できたろ?」
「ボクには遠い世界だと感じたネ……」
「いやいや、実に美味しそうに食べてたじゃないか。
良かったな、師匠」
「……良くない良くない。早く夕飯で口直ししたいヨ」
うげーとうなだれる師匠のその前。
グループの先頭を歩く観雪が、ふいに俺の方を向いた。
「あ、あれですか〜? 今日泊まるところって」
観雪が指差す先には、我々が目指す白い外観。
「ん、正解。結構駅から近いだろ。岡山来ると、いつもここに泊まってるんだ。なぁ、部長」
「最高だよ」
何が最高なのかは俺もわからん。
俺たちは建物の中に入る。
「いらっしゃいませ」
従業員の丁寧な挨拶が迎えてくれる。
正面にフロント。荷物を皐に預け、俺はチェックインのためにカウンターへ向かった。
「ええと、1泊で予約したddtdd8ですが」
「はい、お疲れ様でした。それではこちらにお名前とご住所とお願いいたします」
フロントのおねいさんがテキパキと作業をこなしていく。
「ddtdd8様、本日ご一泊のご予約ですね。お部屋はツイン2部屋でございますね」
「え? いや、3部屋頼んであるはずなんですけど」
「え……っと?」
俺の回答に、慌てた表情で、何かの紙を調べるおねいさん。
「……あ……」
そしてそのまま1秒ほど硬直。
あ、おねいさん、やっちまったようである。うーん、どうなっちゃうんだろ? 脳裏に不安がよぎる。
心の中で心配する俺に、申し訳無さそうに話し掛けてくるおねいさん。
「あの……申し訳ございません。こちらの手違いで2部屋しかお取り出来てないんです」
あー、やっぱし。心の中で苦笑する俺。
おねいさんは言葉を続ける。
「それで……フロアは別になってしまいますが、お詫びにスイートを空けさせていただきますので、
そちらの部屋でいかがでしょうか……?」
うむ、なるほど。
別にフロアが違うくらい気にしないし、俺としては特に文句は……
……はい?
……今、何とおっしゃいました?
…………。
……すいーとる〜む?!
…………。
はぁ、えっと、そのですね。
ま、まぁ、ほかに部屋が空いてないのならしょうがないか……?
い、いや、ちょっと待て、落ち着け、俺。
と、とりあえず深呼吸!
……スーハースーハー
よし。完璧。
……スイートか。悪くない提案だ。だがしかし、すぐに「はいそうですか」と認めるわけにもいかんよな。
……うーむ。
俺はおねいさんをまっすぐに見据え、問い掛ける。
…………。
「あの……料金は……」
…………。
……ああっ、そこの人、石を投げないで!
や、だって、その分高い金額請求されて、払えなかったらカッコ悪すぎじゃないっすか!
重要! 重要な確認ですよ! ね?! そうでしょう?!
しかし、俺の言葉におねいさんは真剣な面持ちで答えてくれる。
「あ、もちろん料金はご予約いただいたお部屋の料金のままでかまいません。
お部屋だけ、変えさせていただくということで……フロアが離れてしまって申し訳ないのですけれど……」
俺は即座に脳内会議を開催する。
……おねいさん、今言ったことに嘘偽りはないね?
よし、ならば判決を下そう。
…………。
…………。
「じゃ、それでお願いします」(←プライドもクソもないヤツ)
こうして、急遽、1部屋だけがスイートになるという緊急事態が発生した。
おねいさんはややホッとした表情で、カギを渡してくれた。
「じゃあ、とりあえず部屋分けするぞ。総長と師匠はエロいから2人一緒ね。
部長は皐と。俺は観雪とだ。これ、カギな。それと明日の朝食券」
そう言って、俺は部長と師匠にカギなどを渡す。
「ちなみに、俺と観雪だけフロアが別になったんだけど、料金は変わらないらしいし、まぁ問題ないよな
夕食は……そうだな。7時になったらここに集合して食いに行こう」
俺はみんなにそう言った。
決して嘘を言ったわけではなかった。
本当のことを全部言ったわけでもなかったが。
「ん、じゃあ、とりあえず部屋に行きましょーか」
「そうですね〜v ちょっと疲れましたし」
しかし、誰がスイートを使うなどと予想したであろうか。
他の誰も特に何かを言うことなく、三々五々エレベーターへと向かっていく。
「じゃ、観雪。ウチらも行きますか」
「はいv」
特に何事も起きることなく――
俺たちも疲れた身体を引き摺りながら、エレベーターへと向かうこととなった。
「さて、観雪。ここで重大な発表がある」
6階の部屋の前。俺はカギを開ける前、真剣な表情で観雪に話し掛けた。
「え……何ですか?」
ちょっと神妙な面持ちをする観雪。
「実はな……この部屋はちょっと普通じゃない」
「普通じゃない? え? オバケとか出るんですか〜?!」
「ああ……って違う違う。そういう意味の『普通じゃない』とは違う」
「じゃあ、何なんですか〜?」
「実はな……ここはスイートらしいのだよ」
「……へ?」
唖然とする観雪。ま、そりゃそうだろ。普通、ありえないし。
「さっきも言ったように料金は安い部屋のままだ。
手違いでこうなったわけで…まぁ、ホテル側には悪いが、ラッキーってヤツだな」
俺はそこまで言うと、カギを回した。
ドアが……開く。
「わ〜……な、なんか、スゴイですね〜」
「……ああ、なんだこりゃ」

ドアを開けて、まず目に入ってきたのは応接間。
普通ベッドがすぐ目に入るはずなのに、そんなものはどこにも見えない。
本当に使ってしまっていいのかよと思いつつ、
部屋の中に入ると、横手にもうひとつドアが。
キィ。
そのドアをあけると、そこにもう一つの部屋があった。
こちらは普通に、ベッドが並んで置かれている。
「すげぇ……応接間と寝室が分かれてる」
「なんか、広くて逆に落ち着かないですね〜」
思わずボーゼン。
うにゅう……これ、本当に安い部屋の料金のままでいいんだよな?(汗)
ちょっと不安になってくるぜ……。
俺と観雪は、疲れていたが、しばらく部屋のあちこちを開けて見て回った。
「テレビが2台あるー!」とか
「洗面所広すぎー!」とかやいのやいの言いながら。
結局、当初は夕飯までゴロゴロするという予定だったのだが、
思いっきりはしゃぎまわってしまった。ガキと言うなかれ。
こういう普段入れないところに来ると、興奮してしまうものなのである。
結局、少しも疲労が回復されないまま、俺達は再び部屋を出ることになった。
「……き ょ く ち ょ う……? それってどういうことかなぁ……?」
岡山駅地下の釜飯屋にて。
席についた俺に向かって、事情を聞いた皐がぐぉぉぉぉーと迫ってきた。
おお神よ、我を救いたまえ。
「さ、皐さん〜、一応交渉したのは局長さんですし、ここはその特権ということでいいじゃないですか〜」
神……もとい、観雪が皐を止めようとしている。
さすがは副局長。……でも、無理はするなよ。殺されるぞ。
「くききーーっ! あたしだってスイート使いたかったよー! ね、部長、そう思うよね?!」
皐は本当に残念なのか、ルームメイト・部長に声をかけた。
……まったく、仲間を増やそうとするんじゃない。
「いや、まぁ何と言うか、変に広いと落ち着かないし、むしろ普通で十分だと思うんだけど」
でも、部長はいいヤツだった。
「あーもう、部長ったら変に優しいんだから!
ここは文句の一つでも言って、部屋をごっそり交換させるってのがスジってモンじゃないの?!」
皐、違うぞ、それは。人として。
「ううう……もう、こうなったらヤケ酒ね! パーッといくわよパーッと!
そこの美人のおねいさ〜ん、生中6つね! 生中6つ!」
「だあああっ、勝手に頼むな! 中ザイデル6つと、なんとか定食3つ。
あと、ほにゃらら定食2つと、ミニなんとか定食を1つ。以上で」
俺はとりあえず、全員分の酒と食事を注文する。
「むむ、局長、あんた何気にリーダーシップ発揮してるじゃない」
「やかましい。『何気に』とか余計な言葉をつけるんじゃない」
「あーもう、ああ言えばこう言うー!」
皐はどこまでもハイテンションだった。
ほどなくして、飲み物が全員の手に行き渡った。
「……あの、局長さん、一つ訊いていいですか〜?」
「ああ、何だ?」
飲み物を手にして、俺に問い掛けてくる観雪。
「……あの〜……これ、何ですか?」
「何って……ビールだけど?」
「あ、それはわかってるんですけど〜。何ですか、この量は」
「何って、中ザイデル。」
「中ザイデル」
「部長、復唱せんでいいから」
「いや、何となくやってみたくなりまして」
「はぁ。で、ザイデルって何ですか〜?」
「さあ? 何だかよくわかんないけど、
普通の中にくらべて、量多いよな。これ」
ぶっちゃけ、俺もよくわかんないんだよ。
量が多いってこと以外は。
「はぁ……それがザイデルってことなんですかね〜?」
「あ、『ザイデル』ってドイツ語で単位をさす言葉らしいですよ」
出た。部長お得意の雑学解説。
わけのわからない単語は、彼に聞くと意外に知ってるものである。
「ま、よーするに量多いってことダネ。思う存分飲みマスか」
「そーねー。無事に初日が終わったし、乾杯ってことでね」
けど、そんなこと、やっぱり誰も聞いちゃいなかった。
関東から延々と鉄道に乗り、四国まで行ったこの1日。
昨夜「ムーンライトながら」に乗ってからのこの時間は、とてもとても長いものに感じた。
でも、その分だけ、いろんなことがあって、楽しい想い出も多くできた。
でも、明日もあさっても…まだまだ旅は続く。
だからとりあえず無事に旅がスタートできたという意味で、
俺たちはこの言葉を言った。
「かんぱ〜い!」
屋久島旅行初日の夜は、こうしてふけていった。

<其の6 あとがき>
ま、そんなこんなで屋久島旅行編始まりました。
今回の内容は、ほぼ実際の旅行に準拠しております。
ま、よーするに、相変わらず登場人物が違うだけだっつーことです。はい。
うどん屋4件はしごとか、ホテルの部屋がスイートになっちゃったとか、
「本当かよ?」ってカンジのネタもありますけど、それらは全て実話です。
んで、登場人物違うだけです。いや、本当にあの時はビックリしました。
ついでに「生ソースうどん」も実話です。
師匠のキャラのモチーフとなった友人がいるんですけど、その彼が実際にかましてくれてます。ハイ。
誰か、高松に行った人で、勇敢な方はチャレンジを。
味などについては当方は一切の責任を持ちませんが(笑)。
あと、「中ザイデル」。
岡山駅の地下のどっかの店にあります。これもみなさん、機会がありましたらぜひお探しを(^^;。
まぁ、今回はこんなところでしょーかね。
それでは次回、其の7「レッツ・ティボリ」。お楽しみに(?)
←前に戻る | 次に進む→