
●2003年03月 『あの土地へ…再び』編
其の9:下関ふくフクタワー
2003年3月15日。天候は曇り。
あまりパッとしないけど、雨が降ってなければそれでいい。そんなカンジの一日。
「さぁて、ちゃちゃっと飯食って出発準備するぞ」
俺はホテル1階のレストランで、一緒の席につく観雪に声をかけた。
朝食は今日もバイキング。
好きなものを自由に取ってこれるこのスタイルは、誰が考えたか知らないが非常に良いものだと思う。
「はい♪ ……にしても局長さん。相変わらずたくさん飲みますねぇ〜」
当たり前だ。俺はこれがないと生きていけない。
俺の血はこれから出来ていると確信しているくらいなのだし。
「さっき見たら、既にピッチャーの半分くらい消費されてたみたいなんですけど〜」
「うむ」
「いや、そこで『うむ』って言われても〜」
じゃあ何と言えば良いのだ。
「何がそんなに美味しいんですか? トマトジュース」
「……観雪屋、そちもなかなか難しい質問をしてくるのぅ」
うまいうまいと飲んではいるが、改まってそう聞かれると、なかなかに答えにくいものであった。
「そうだなぁ……例えば」
「例えば?」
…………。
「……塩味?」
「それだったら、別にトマトジュースでなくてもいいじゃないですか〜」
まぁ、それはそうだ。
「けど、好きか嫌いかなんて、理屈なんかないだろ。
何かよくわからんけど好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、っていうモンじゃないのか?」
苦し紛れに口から出た言葉。
しかし観雪は少し考え込む仕草を見せ――
「なるほど……『理屈なんて無い』ですか〜。うんうん、本当にそうですね。そんなものですよね〜」
ミョーに納得していた。
そんなに説得力あったのか? 今の言葉に?
「皐さんはあんなの好きですし、私はこんなのですし〜……」
あんなの? こんなの?
「あ、気にしなくていいですよ〜。こっちのことですから」
観雪はよくわからないことを言った上に、やたらと笑顔だった。
「ん……まぁ、気にするなっつーなら、気にはなるけどそうしますか」
あんまり詮索するのもいいもんではないし、それに――
「それにグラス空になっちゃったし。トマトジュースおかわりしてこよーかな」
俺はまだまだ飲み足りなかった。
「え゛、またですか〜?」
「やかましい。『また』言うな。んなこと言うなら観雪の分もとってきてやる」
「わ、私はいいですよ〜」
「遠慮すんな。俺にまかせろ」
「あう〜。私、トマトジュース飲めないんですってば〜」
「よっしゃ。んじゃ行ってくる」
「え〜ん、待ってくださ〜い」
今日も人間関係は概ね平和だった。
「……なぁ、部長よ」
「何ですか? ちょっと今忙しいんでできれば後に」
朝の広島駅。
乗車予定の列車に予定通り乗り込んだ後、俺を含めて3名はのんびりくつろぎモード。
1名は御馴染みのエロメール。
そしてもう1名――部長はカメラを持って、あちこちうろつきまわっていた。
「いや、その忙しい理由は何なのかを聞きたいんだが」
「んっふっふ、んなこと言わないでもわかるでしょう?
我々が乗っているのは『下関ふくフク号』!
そして使われている車両は何だ?!」
高らかに叫んでいる。
……明らかにテンション違っていると思うのだが、
俺の気のせいだろうか。
「そう、この列車は何とキハ181系です!」
まだ何も言ってない。
「国鉄時代の最強気動車!
私がこれを写真に収めない理由がどこにあるだろうか?!
いや、ない!」
ご丁寧に反語まで使って力説している。絶好調だ。
こうなったら部長は止まらない。
「そういえば部長って気動車マニアだったっけ……」
すっかり失念していたらしい皐が、思い出したように言った。
止めても無駄なのはわかっているので、それ以上何も言わない。
それに。
「オホー、素晴らしいネ。このエンジンサウンド、古めかしいインテリア、感動的だネ!」
部長よりももっと恥ずかしいのが約1名。カメラを構え、車内を縦横無尽に走り回っていた。
師匠。こいつの前ではたかだか気動車マニア程度の部長など霞んでしまう程度の存在に過ぎない。
「さすが師匠! わかってますね! 先頭車両行きました?」
「もちろんダヨ! この列車のサウンドを楽しむのなら、先頭車両が最高だしネ。素晴らしかったヨ」
「本当ですか! 私もぜひ行かなくては!」
「ボクはこれから最後尾まで行くけど、部長もどうダイ?」
「いや、是非ご一緒させてください!」
約3時間の乗車時間の間、2人は多くの視線を集めまくっていた。
俺たちは、他人のふりをするのに大変な労力を費やすことになった。

「うーん、だいぶ列車をいたわった走り方してましたね。もっと爆走してくれても良かったのに」
「まぁ、しょうがないネ。だいぶ古い車両だし、これでも普通列車よりはずいぶん早く到着できたヨ」
下関。本州最西端の町である。
広島から「下関ふくフク号」に乗り込んだ俺たちは、終点の下関で途中下車。
少し観光と食事をしてから九州入りすることになった。
師匠と部長は、さっきからずっと気動車の話をしている。
テンションはかなり落ち着いたが、1つのネタをいくら話しても話題が尽きないのはさすがである。
気動車マニアと電車オタク。その肩書きは伊達ではない。
「ね、ところで局長。このあとどーすんの? 先に食事? それとも観光?」
一方、全くその会話についていけない食欲魔神の皐。
こいつの関心は、もはや食事以外に何も無い。
とっとと美味いもんにありつきたいのか、俺にお伺いをたててきた。
「うーむ、とりあえずまだ12時前だし、何とかタワーっていうのがあるらしいから、先にそこへ行こう。
途中歩いていれば、何かいい店見つかるかもしれないし」
「ん、了解」
俺たちは、恥ずかしい2人と少し距離をとって、道を歩いた。
海峡ゆめタワー。
文字通り関門海峡を一望できるタワーである。
日本でも有数の高さを誇るらしいが、
横浜ランドマークのお膝元で生活している俺には
「そんなもんか」くらいにしか思えない。
「へぇ、こっちはちゃんとタワーしてるんだ。門司港のとは違うわねー」
「ああ、あれはほとんどマンションだったからネ」
皐と師匠が話しているのは、夏に九州一周旅行をした時のこと。
門司港でやはり関門海峡を望めるタワーに行ったのだが、
そこは展望台というより、生活感漂うマンションであった。
洗濯物や布団がフツーに干してあったのを見て、おいおいと思ったものである。
今回は、そことは違ってちゃんとタワーしているようであった。
展望台にあがると、それはそれはいい眺め。
まぁ、他に高い建物がないのだから、景色が良いのは当たり前である。
「へぇ〜。局長さん、あそこに見えるの巌流島らしいですよ〜」
エレベーターを降り、すぐに窓辺へと駆け寄った観雪が楽しそうに言ってきた。

「え? 巌流島って、宮本武蔵の?」
「でしょうねぇ。ほら、この説明版に書いてありますよ〜」
ほんとだ。
この時、俺は知らなかったのだが、ここにあるのはれっきとしたあの巌流島らしい。
宮本武蔵と佐々木小次郎の像なんかが立っていて、
門司港や下関の唐戸から連絡船が出ているらしい。
ちょうど某国営放送の大河ドラマで「武蔵」をやっていることもあり、
巌流島はファンがおしかける人気スポットになっているらしかった。
「んじゃ、あそこに浮かんでるモスクみたいなのは、さしずめ巌流島への連絡船か?」
「モスク?」
「ん、ほら、あそこ」

「……確かにモスクっぽいですねぇ〜……」
「いや、どう考えてもモスクだろ。まぁ、恐らくは『宇宙船型』とか何とかで売り出してるんだろうけど、
傍から見ればモスク以外の何物でもない、と」
後で調べたところ、本当にその通りだったのだから笑うしかなかった。
「いやはや……鍋で食ったことはあるけど、
フク刺なんて食べるの初めてだよ」
「広島での牡蠣は予定にあったケド、
ここでフク料理を食べることになるとは思わなかったネ」
昼。
タワーの下にあった店で、
比較的手ごろな料金でフク料理が食べられるようだったので、
あんまり探し回るのも面倒だし……
ということで、食事をとることになった。
んで、みんなが選んだのは、ランチコースの中で一番高いやつ。
ランチということでそんなにクソ高いわけでもないし、
せっかく来たんだから、というのが理由。
俺も最初は安いのにしようかと思ったけど、
みんながそうなら負けちゃいられなかった。
「なんかこりこりしてる魚なんだね。もっと『うまい〜』って言うカンジかと思ってたんだけど」
「そういうモンでもないみたいですよ。どっちかというと珍味的な部類に入るんじゃないですか?」
皐の素直な感想に、部長が答えた。
多くのヤツは河豚なんぞ食べるのは初めてらしい。
いかにも物珍しげな雰囲気で刺身やら天ぷらやらをつまんでいる。
河豚経験のあるのは俺と師匠くらいだろうか。もっとも、俺にしたって鍋以外で食べたことはなかった。
(それもスーパーで売ってる安い河豚。間違っても料理店で出されるお高いものではない)
次々と出てくる料理のほとんどは、まさに初体験なものばかりであった。
下関からは日豊本線直通の行橋行で小倉へ。
小倉からは特急料金が安いということもあり、博多までソニックの自由席で行くことになった。
自由席料金500円。博多までは特急でも40分以上かかるから、使わないテはないだろう。
ソニックの車両は2種類あって、「かもめ」でも使用されている白い車体のが1つ。
それと、ちょっとだけ古い型になるけど、非常に独特なデザインをした車体のものがあった。
今回は白い方。全席革張りシートが素敵な優等列車である。
夏に「かもめ」でこのタイプの車両を利用しており、乗るのはそれ以来のこと。
向かうは博多・福岡。九州最大の都市であった。

「ふ〜、いい湯だなっと」
俺たちは温泉に浸かっていた。
温泉――それは日本人が愛して止まない、自然の産物である。
「一気に疲れがほぐれるネ〜」
ジジくさいセリフを吐いているのは師匠。
もっとも、口に出さないだけであって、俺としても同感ではある。
フツーの風呂と違って、やはり温泉というものは何か違う。
疲労回復度は格段の差があった。
「にしても、福岡の天神に天然温泉が湧いてるってゆーのは、
ちょっと不思議な感じですね」
そんなセリフを言うのは部長。
そう、ここは福岡の街の中。天神駅から徒歩10分程度の場所にある銭湯。
使用しているお湯は地下から汲み上げている温泉で、全国でも珍しい都市直下型の温泉であった。
「ま、俺たちにしてみりゃありがたい限りなんだし、細かいことは気にすんねぇ」
ちなみに今回で利用は2度目。前回は半年前の夏、九州一周旅行をした時に利用している。
そのこともあって、福岡でフロと言えばここ、という感じであった。
「それより、ボクはここの構造が好きじゃないネ」
師匠が突然、そんなことを言い出した。
「フロといえば、やはり壁1つ挟んだ向こうが女風呂で、
しかも壁の上の方がすこし開いていて、向こうから華やかな声が聞こえてくるというのがベストだヨ」
しかし、話の内容は低俗だった。
「わかるよ。覗こうと思えば覗けそうで、それでいて覗けない。
あの微妙な古典的銭湯構造が創造力を育み、男を育てるものだからね」
フロの中にいて、さすがにエロメールのできない総長が、オハコの話題に乗ってきた。
総長。エロネタへの反応速度は天下一品である。
「でもさ、大概いるのはオバチャンだろ? あんまり覗いたり妄想したりする価値ないんじゃないのか?」
俺は、そんな彼らの気勢を削ぐように、そんなことを言ってみた。
しかし。
「わかってないな、局長。その熟れ過ぎた果実の中にある一粒の青い果実。
そのキャピキャピした声がオバハン声の中に混じって聞こえてくるのが醍醐味なんだよ」
もはや総長の理論は俺の思考を超越していた。
「さすが総長。日頃のエロメールは伊達じゃないネ。あんたなかなかのエロス探求者だヨ」
「この風呂屋がもしそういう構造なら、今ごろ皐ちゃんと観雪ちゃんのクリスタルヴォイスが
俺の妄想をかきたてていたはずなんだ! ああっ、もったいなや」
…………。
観雪、皐。お前ら、ここの風呂屋を作った製作者に感謝しろよ。
俺は2人に心の中でメッセージを送った。
「あ、ごめん。待たせちゃったかな?」
「長湯ですみません〜」
そんなセリフを言いながら皐と観雪が戻ってきたのは、
俺たちが風呂から上がって10分くらいしてからのことであった。
「いや、そんなでもないぜ。俺もクセっ毛乾かすのに時間かかったしな」
俺の髪はかなりのクセっ毛である。
フロに入った後、テキトーに乾かすととんでもないことになるので、
ドライヤーを使ってちゃんと整えておかないといけない。
はっきり言って、迷惑な髪質であった。
「それに、フルーツ牛乳飲んでのんびりするには、ちょうど良いくらいだったし」
俺はフルーツ牛乳の入っていたビンを見せて、そう言った。
ここの風呂屋は、自動販売機ではあったが、瓶詰めの牛乳を売っているところであった。
風呂上りに、ビンのコーヒー牛乳やフルーツ牛乳をぐいっとやりたい人にとってはありがたいものである。
「あ、いいですね〜。私も飲もう〜っと」
言って観雪は自動販売機の方に足を向ける。
「あ、観雪。いいよ、それくらいおごってやるって」
「わ〜、すみません〜。ありがとうございます〜」
俺は観雪の代わりにコインを突っ込んだ。
それを見ていた食欲魔神。早速俺にたかってくる。

「あ、いいな〜。ね、局長、あたしにもおごってよ」
「デカで良ければおごってやる」
「え゛」
しかし皐は俺の一言で、あっさりと動きを停止させた。
「……いや、いいよ。あたし、コーヒー牛乳がいいなぁ、なんて……」
「まぁ、そう遠慮すんな。デカの方が20円も高いんだぞ。喜んで飲んでくれ」
「いや、ホント、デカだけは許して。お願い。ぷりーづ」
珍しく皐が及び腰だった。そんなに嫌か、デカ。
まあ俺も好きじゃないけど。
なんてゆーか、不自然な濃さが口の中にもわっと広がって、ノドに突っかかる感じが微妙。
いわゆる加工乳とかいうヤツだが、泡立てる前のクリームを流し込んでいるようで、
はっきり言って牛乳とは思えないシロモノだった。
夏にここへ来た時も、風呂上りにフルーツ牛乳など飲んでいたのだが、
その時はちょっとした罰ゲームで俺がデカを飲むハメになり、大いに苦しんだものであった。
ちなみに、師匠や部長、観雪もこれだけはダメで、うちらのメンバーでは唯一総長だけが
「結構美味しいけどな」
などと評した。その時は思わず耳を疑ってしまったものであった。
「ま、これも試練だと思って」
「こんなところで試練受けたくないってば」
「全くなんてヤツだ。俺の牛乳が飲めねぇってのか」
「あんなのもはや牛乳じゃないー!」
結局、そうこうやりとりがあって、俺は皐にコーヒー牛乳をおごってやることにした。
ちっ、オモシロクないなぁ。
夕食にラーメンを食べ、カラオケ屋でしばし時間を過ごした俺たちは、
深夜0時近い博多駅に戻ってきていた。
このまま夜行列車に乗って西鹿児島へ向かうため、今日は宿をとらずに出発である。
何事もなければ、明日の朝には鹿児島。そして昼には今回の旅のハイライトである屋久島に到着できる。
身体は疲れ、眠かったが、心は昂ぶっていた。
「今度こそ、縄文杉へ」
それは2年前、俺と師匠がはじめて訪れた屋久島で、時間の都合上山に行けなかった時から。
それは1年前、3年のゼミで自然地理をやることに決めた時から。
あるいは半年前、九州一周旅行をした時からだったかもしれないし、
数ヶ月前に企画をぶち上げた時からだったかもしれない。
この旅の最大の目的にして、合言葉のようなセリフ。
だが、それが全てであり、それこそがこの旅の真実。
達成するは現在(いま)。それは、この旅に参加した全員の、共通の思いだったのではないかと思う。
特急「ドリームつばめ」は、俺たち6人を乗せ、鹿児島へひた走った。
その中で眠る俺たちが見ていたのは、いったいどんな夢だったのだろうか。
きっとそれは――

<其の9 あとがき>
つーわけで、屋久島前日の九州入り。下関観光からの1日を書きました。
この日はちょっと書ききれない部分もあったんで、その点が心残りではあるんですが、
久々に総長をマトモに?喋らせることができたので、差し引き0という感じでしょうか。
あと、福岡の温泉。本当にあります。
天神駅から徒歩10分ほどです。バスだと長浜1丁目……だったかな?
天神温泉「ゆの華」というところです。
機会があれば行ってみてくださいまし。露天風呂もあります。
んで、風呂上りにはデカ!
次回はいよいよ屋久島に行きます。
其の10「35日雨の降る島」。まだ縄文杉は出ませんけどねー。
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